いつだって欲しいものには手が届かない。

違う


手を伸ばす


勇気がないだけ。








「・・・・・・・・・・ふー・・・・・・・・・・。」



真冬の公園のブランコは、一人で乗っても楽しくなかった。
足先がじんじんして鼻の頭が痛い。



もう日はすっかり落ちていて、まだ5時半なのに公園には誰もいない。
あたしはそんな中どれくらいの間このブランコを占領しているんだろう。
あいにくこの公園には時計はなかった。






「・・・・・・・・・・うっわ、?」

「・・・・。」



キキーっとブレーキの音と、後ろから聞きなれた声がして、
あたしは首だけを少しだけ道路側へと向ける。
そこにはマフラーで口元を隠して驚いた様子でこちらをみる阿部がいた。


ああ、見つかったか。


気づいてくれて嬉しいような

そのまま気付かず通り過ぎてほしかったような


何とも言えない気持ちで



あたしは力なく笑った。






「部活は?」

「今日はミーティングだけ。」

「そう。」







簡単な会話を済ませてからあたしがまた前を向いたとき。
「っつーか!!!」という少しだけ改まったような大きな声とカラカラと車輪がこちらへ近づいてくる音がした。




「お前こんなことろで何やってんだよ!!!」

「・・・・・・・・別に、見ての通りだけど。」




ガチャンとスタンドを立ててから阿部があたしの横の空いているブランコへと腰を掛ける。




「はぁ!?見てもわかんねーから聞いてんだけど。」

「いや、だから見ての通りなんもしてないってこと。」

「・・・・・・・・意味分かんね・・・・・」



阿部がため息交じりに言った。







いいんだよ。
阿部はわからなくて。





知らないでいたほうが



良いことだってある。








「・・・・なんかあったのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・別に?」

「彼氏?」

「あはは、彼氏なんていないよー」

「はぁ!?なんかお前この間まで他校の奴と付き合ってるとか言ってなかった?」

「ああ、別れたよ。ふられた。」

「ふーん・・・・・・。」






なんで?と聞いてこない阿部はとっても紳士なのか、
ただ興味がないのか、どっちかはわからないけど
今のあたしにとってはとってもありがたい。


はぁーっと息を吐くと白くなってもう冬なんだなーと思わせた。
ブランコの鎖は冷え切っていたけどそれをずっと握っていたあたしにはもうそれがどれだけ冷たいのかを理解する感覚はない。





「阿部はー?」

「ん?」

「阿部は彼女いないの?」

「いるけど。」

「知ってる。」

「・・・・・・・・・・・じゃー聞くな。」

「あはは、照れてる照れてるー。」




阿部のこういう表情を見れることはとっても貴重なことだと思うけど、
今は見たくない。

あたしは勢いよくブランコをこぐ。

びゅん

びゅん

風を切る音がして、耳が痛かった。




「阿部は彼女のこと好きーーー?」

「はぁーー?」

「好きーーー?」

「・・・・・・・・・・あのなぁ・・・・・・。」

「いいから答えてよ!!」

「・・・・好きだよ・・・・。」




呟くような声でも、
必死に風をきるあたしの耳に届いた。
ああ、今度は胸が痛い。



「野球とどっちが好きーーー?」

「比べるもんじゃねーだろ。」




痛い


痛い


痛いよ



阿部、




そんな顔しないで



彼女のことを思い出して
少しだけ笑う阿部。

普段からは想像もできない柔らかい表情。



心臓を絞られてるみたい。





ザザァーーーーーー


あたしの踵が地面をえぐってローファーが砂まみれになった。






「んだよ、急に。」







言えないよ





「おい、。」






全部あたしはわかってるから。





?」






阿部が本気で彼女を大事にしていることも




「おい!!」






あたしが本気で阿部を好きなことも





「おい、!!」







阿部の彼女に阿部以外の恋人がいることも










「お前何・・・・何泣いてんだよ・・・・・」

「・・・・・・・。」




いつの間にかあたしの頬に触れていた阿部の手は
あたしの方なんかよりもずっとずっとあったかくて


あたしの顔は見る見るうちに崩れていく。


くしゃっと表情がゆがんでボロボロ涙がこぼれた。





ごめんね

ごめんね









今日の昼すぎ、あたしはたまたま見てしまった。
授業にちゃんと出ておけばよかった。
さぼったりなんてしなければよかった。

誰もいないはずの視聴覚室に見えた人影。



二人抱き合って


唇を重ねあっていた。


愛を確かめるように
何度も何度も。




それは間違いなく


阿部の彼女と



阿部じゃない男の子。






見た瞬間
目の前が真っ暗になった。


あたしが傷つくなんておかしいのに


なんでこんなに


なんでこんなに苦しいんだろう?




それはね、あたしが知ってるから。


阿部がどれだけ彼女にぞっこんか。
阿部がずっと好きだったから、そんなの手に取るようにわかるんだ。



だから


これを知ったら阿部は・・・・・・・・・・・・・・・










ごめん。





何も言えないよ
何もできないよ

あたしは臆病だから

何をしたらいいのかなんてわからない。


阿部にとって何をしてあげることが一番いいのかわからない。


好きだよ

好きだよ




ごめんね







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


「・・・ご、めん・・・・ごめん・・・ごめん・・・・・・・」



ただ謝り続けるあたしをドラマみたいにそっと抱きしめるわけでもなく、ビンタするわけでもなく、阿部はあたしを見ていた。




「・・・、ちょっと待ってろ。」

「・・・え・・・・」



そう言って阿部は公園の自販機へとすたすた歩いて行った。


遠くの方でガコンと音がして、またゆっくり歩いてこっちへ阿部が戻ってくる。



「ほれ。」

「あちっ」


阿部から手渡された缶コーヒーは冷え切ったあたしの手にはあまりに熱すぎてあたしはセーター越しに缶を握った。




プルタブに指をかけるも吹かず召してしまった人差し指ではなかなか開けられない。
それを見ていた阿部が「かしてみ?」と言ってあたしの缶まで開けてくれて、
その優しさにまた胸が締め付けられた。


阿部はこんなに優しいのに

阿部は一生懸命頑張ってるのに

阿部は、阿部は・・・・・・・・・・




「あたしはこんなに・・・・・・・・・・・・」




阿部のことが好きなのに。







「・・・・・こんなに?」


阿部から受け取った缶コーヒーを一口飲んだ。
口の中いっぱいにほろ苦くてでも甘いコーヒーの香りが広がる。




「・・・・・・なんでもないよ。ごめんね・・・・。」

「・・・・はさ、スゲーよ。」

「は?」

「つれーことあっても顔ださねーし、ちゃんと人のいいところ見つけられるし、人に頼られたってやな顔しねーしさ。」

「え、そ、そうかな・・・・・」

「俺に比べてってことだけど。」

「ああ、じゃあ基本みんなだ。」

「・・・・・。」

「阿部。」

「んだよ。」

「ありがとう。」

「・・・・・・・・・・・別に。」




その不器用な阿部の優しさに嬉しくて苦しくて
それをごまかすようにあたしはもう一口コーヒーを飲む。







しばらくはきっとこのコーヒーは飲めないなと思った。


この香りと

味は


今日のことを思い出させるから。




「あーあー・・・あたしこのコーヒー大好きだったのに。」

「はぁー?だから買ってきてやったんだろ?」

「うん、知ってる。」

「・・・意味分かんねーやつ。」



阿部がくしゃりと顔をゆがめて笑った。








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えーっと、阿部とヒロインは同級生の中学からのわりかし仲良しさん設定です。
いやー私が真面目に書こうとすると無知空気が漂っていけないなぁ・・・
ズボンにこぼして「阿部下痢漏らしたみたいだね!」みたいな感じに終わらせときゃ
よかったかな・・・・・・・・・(下ネタ自重!!!)

ここまで読んでくださって本当にありがとうございました!!!