新学期が始まってずいぶんたった。


三年生になってしばらくは真面目に出てやろうなんて思っていた授業も
先生の声も
黒板をすべるチョークの音ですらも

いつの間にかあたしの耳には届かなくなっていた。




!!」

「・・・ふぇ?」





頭上から聞こえた荒々しい声に重たい頭をうんしょと持ち上げれば
真っ赤になって口をヘの字にしている先生が眉をひくひくさせていた。







「・・・・・すいまっせーん。」



無理無理。
もー限界。
あたしなんかが真面目に授業!なんてのは性に合ってなかったってことで。


三時間目の授業終了のチャイムと同時にガタっと椅子を引いて立ち上がる。



「やっぱりねー・・・そう長くは続かないと思ってた〜」

教科書を閉じながらあたしにニヤニヤと話しかけてきたのはだった。


〜!なんでそーゆー言い方するかなぁ〜・・・まだサボると決めたわけじゃないじゃん!!トイレかもしれないじゃん!!」

「ほぉ〜じゃあ次の時間の数学のノートは見せなくっていいということかな?」

「いえ、是非見せてください。」

「即答か。はいはい全くしょーがない子だこと・・・。ご飯はどーするの?上?それともここ?」

「・・・・・・メールする。」

「あいよ。」



毎度毎度感心するなぁ。桜子はなんでもあたしの事がお見通しみたいだ。
よく出来た親友に感謝しつつあたしは教室をあとにした。



向かった先は一年生の時に見つけてからお気に入りの場所となっている屋上。
お昼なんかは人がわりと集まるんだけど授業中はガラガラ。たまに不良がタバコすいにきてることもあるけど大丈夫。

穴場があるんだこれが。


日の光が調度いい感じで差し込んで人目につかない給水タンクの裏。
夏は涼しくて冬は風除けになっててあったかい。
そして校舎の廊下からも見えないからサボりのベストプレイスともいえるのだ。
こんな場所を一年の時から見つけて通ってるなんてあたしはどれだけ授業をサボりたいんだって話なんだけど。


今日は昼寝でもしようかな。
昨日のマンガの続きを想像しながら心地いい夢の世界に浸ることにしよう、うん。
そんなことを考えながらあたしはいつもどおり静かな階段を上っていった。
授業開始のチャイムと同時にあたしは重たいドアを押し開ける。



「・・・・っ!」



暗い廊下から眩しい光がドアの隙間をぬぐってこぼれてくる。夏の空。
天井がないせいなのか久しぶりのサボりだからなのかなんなのか、開放感にとてつもなく胸が躍った。
ヤバイ。めちゃ天気いいやんかこれ。最高やん。テンションの高ぶりが語尾の関西弁で現れているのが自分でもわかる。
あたしは小走りで給水タンクのそばに駆け寄った。



その時のあたしは



寝ることしか頭に無かった。



ホントに。


だから、
まさかそこに


人が横になってるなんて



思ってもみなかったのだ。








「ぬんおぉおあああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」




何かがすねに引っかかって、あたしはそのまま勢いよく前にずんのめる。
そして顔面を固いコンクリートに打ち付けた。
小走りのせいで本当にビターーンと大きな音を立てて。


「いいいいいいいいーーーーーー!!!」


痛いなんてもんじゃない。
っていうか、あれ?これ鼻おれたんじゃないの?
昔はよく転んでいたのに歳をとるにつれて怪我が減っていたせいか、久しぶりの激痛に声もでない。
打たれ弱くなってるってこれ。
っていうか何?なになに?何につまずいた?

痛さと混乱にあたしはどうしていいのかわからないままぐるりと体を反転させて転んだ原因を見つける。

そこには、

黒くてでかい背中。




あ、赤木君よりは・・・小さい。
ってそんなことはどうでもよくて!!!

鼻を摩りながらしばらく眺めていると、あたしがぶつかってから数秒して、原因の彼がむくりと起き上がって胡坐をかく。
俯いたまま、艶やかな黒髪をぼさぼさと掻いている。



な、なんなんだコイツ!!謝れこの野郎・・・・!!!
知らない。多分三年ではない。
三年だったら絶対わかるし。
っていうことは後輩か・・・・?
とにかくあたしは文句をいられずにはいられなかった。
久しぶりの有意義な時間を・・・・こんの男・・・・!
彼の顔がこちらを向く前にあたしは先制攻撃をふっかける。
がツンといってやらぁああーーー!!!!





「ぉおおおおおーーーーいい!!!ちょっと君!こんな所で寝てたら危ないから!っていうかもう遅いから!!完全にあたし転んだから!とてつもなく鼻が痛いか」


ら、と言い終わる手前。
彼の顔が上がりきってあたしを見る。



「・・・・・・・・・・・・。」





開ききっていない目であたしを射抜くみたいにじっと見ている彼の顔はとても不機嫌そうだけどビックリするぐらい整っていた。





いや、

そんなことよりも、なんていうか




「・・・・・・・・・・いや、あの、・・・・・なんでもないですぅ・・・・なんか、結果的に蹴っちゃったみたいな・・・・感じで・・・・ほんと、あのすんません・・・・すんませーん。」




怖いんですけど。





無言であたしを見ている彼は、


二回目だけど



怖い。











「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


いやいやいや、何その目?あたしが悪いんですか?
言いたいけど、言いたいけど、


「ホントすいまっせーん。」


アイムチキンハート。


ビビリのあたしはさっきの煮えたぎるような怒りは何処へ?というぐらいに低姿勢で謝った。
痛かった鼻はどうでもよくなってあたしは後輩だとわかっている彼に敬語で謝ってしまう。

いや、なんで謝る。なんであたしが謝るんだ。

その疑問は「面倒ごとには巻き込まれたくないし。怖いし。」という自分の本能にかき消されていた。
まるで鬼太郎のネズミ男みたいに手をスリスリとすり合わせて「へへへ。ホントすいやせん」と愛想笑いをして急いで給水タンクの裏に移動する。





ばっと壁に張り付いてバクバクいう胸をぎゅっと右手で押さえた。
ひぃいい。こ、怖かった。
彼の姿が見えなくなってからホッと胸をなでおろす。
でかいし目つき悪いし、なんか怒ってたし。なんなんだあいつ!!まぁ・・・顔はかっこよかったけど・・・・なんていうかそれ以上に不のオーラがすごかった。うん。
まったく!あたし悪くないのに!あたし悪くないのに!!被害者なのにーーーー!!
せっかくの久しぶりのサボりを、開放タイムを、フリーダムな気持ちが一気に落ちた気がする。

これは・・・に報告だな・・・・・

さっと携帯を出したとき、
異変に気づいた。

画面が暗すぎる。
普通携帯を開いてすぐならば、ディスプレイは明るいはず・・・・・
なのになんでこんなに暗い?
ふと視線を上にやると




「ひぃ!!!」




さっきの彼が険しい表情のままじっとあたしをみていた。


その時、今までの思い出が走馬灯のようにあたしの頭を駆け巡った。
ああ、あたしはきっと今からこの男にフルぼっこにされて、その後も「すいやせん!今焼きそばパン買ってきました!!」なんてぱしりされて・・・
残りの高校生活はこいつの手下として過ごさなければいけないんだ。いつのまにかスネオみたいな顔になっていくんだ。


・・・お母さん、お父さん・・・・みんな・・・今まで仲良くしてくれてありがとう・・・・・楽しかったよ・・・・・・




「さよなら・・・・みんな・・・・・」



生まれ変わってまためぐり合ったら仲良くしてね・・・・・・


そう思って目を閉じた。
多分だけど今までで一番穏やかな顔をしてるだろう。
すっと光がさえぎられるのがわかった。



でも、いつまでたっても痛くない。






「・・・・おい・・・・」

「・・・・・・え・・・・」


声をかけられてから、恐る恐る目を開けてみると差し出されたのはポケットに無理やり突っ込んでいたはずの財布だった。
この学校はなにかと危ないと思ってあたしはサボるときは無理やりでかい財布をポケットに突っ込んで歩くクセがあったのだ。

それを・・・なぜ・・・・・?




「・・・落とした。」

「・・・あ、ああ!!ご、ごめんなさい!ありがとうございます!!」


そうか!さっき転んだときに!
あたしはそれを恐る恐る受け取る。
なんだ!なかなかいい奴じゃないか。
心の中で勝手に許してやることにした。


ふう。これでやっと昼寝が出来る。



そう思った。





思ったのに・・・・




あたしの平穏を願う気持ちは木っ端微塵にされるのだった。










「・・・・・・・・・あ、あの・・・・・・・・・」

「・・・・あ?」

「・・・・・・・・・・いや、なんでもないっす。」










なんでここからいなくなってくれないんだぁーーーー!!!

心の中のあたしが頭を抱えて叫んだ。
彼はあたしに財布を渡した後、その場を立ち去るどころかそばでごろんと横になっている。


今の状態に困惑していた。
いや、目の保養にはなるけどさ、落ち着いて昼寝できないし、怖いし。

ちらちらみすぎていたのだろうか
横からはぁーっとため息が聞こえた。



「じろじろ見んな。」

「す、すいませーん。」

「落ち着いて寝むれねー。」



いやこっちの台詞だから!!チクショウ、今あたしに赤木君の肉体が宿ればこんな男ぼっこにしてるのに!
なんか腹立ってきたな。
誰だよコイツ。
ちょっと顔がかっこよくて背がでかいからって調子乗りやがって!
大体授業はどうした授業は!!不良か!!
こんな奴を気にしてるのが馬鹿らしくなってきたあたしはいつもどおりゴロンと横になる。
もうコレが噂のそんなの関係ねーですよ。ホント。
すぅーと息を吸い込んでうーんと伸びをした。

見上げた空は澄みきっていてとても広く感じて気持ちがいい。
目を閉じて心を落ち着かせる。
しばらくして、ようやくうとうととしてきたときだった。






「・・・・おい」

「・・・・・。」

「・・・・おい・・・・寝たのか?」

「・・・なんですか・・・・」




チクショウはなしかけんな。眠れそうだったのに!!
そう思いながらも態度に出さないように彼を見ないで返事をした。






「昼休みに入ったら起こせ。」



上から目線。
さすがにあたしもむっとした。


「・・・じゃあ起こしますんで昼休みに入ったらあたしを起こしてください。」

「・・・・お前を起こせたら自分でおきてる。」



ごもっとも。
でもあたしはへっと皮肉な笑みを浮かべてやる。


「いや、だってあたしも眠いんでぇ〜。出来ない約束はできませんから。」


しばらくの沈黙の後、ッチと舌打ちが聞こえた。
ビクっとして内心怒らせた!?とはらはらしたけど彼は何もしてこようとしてこなくて。


「・・・君さ・・・・」

「・・・・なんだ。」

「不良じゃないんだね。」

「・・・・・・・・・は?」



あたしの言葉に間の抜けたような声で返してくる彼。

「だってでかいし目つき悪いし・・・てっきり不良かと思った。」

「不良じゃねー。」

「じゃーなんで授業でないんですか。」

「めんどくせー」

「・・・・不良だ。」

「お前もそうじゃねーか。」

「あ、そっか。でもあたしは不良じゃないし!!」

「じゃーなんだ。」

「・・・めんどくさがりなだけだし。」

「・・・・・どあほう。」

「なっ!君失礼だなぁ!!」


予想外の言葉にバッと起き上がると彼は横目であたしを見ていた。
眩しいのかなんなのか目を細めていて、心なしか微笑んでいるようにも見える。

綺麗な顔に不覚にもドキリとした。
はじめは怖いって思ってたけど・・・・
ただ単にボーっとしてる奴なのかもしれない。

自然とあたしの中から恐怖心はなくなっていた。

「アハハハ」

「何がおかしい。」

「いや、君が意外に面白いなぁーってことがわかって。」


「別に面白くねぇ。いたって普通だ・・・多分。」とボソッと言った彼。
あたしはブッと噴出して笑ってしまった。


どこが普通だっつーの。


不思議そうな目で見ている彼にだんだんと笑いがこみ上げてくる。それは半分が彼に対しての笑いであって半分はこんな彼を怖がっていた自分に対する笑い。
あたしが「充分面白いよ!」と腹を抱えて笑うと口をつんと尖らせて「変な女」と小さくつぶやいた。
ああ、(今のところ)全然怖くない。コイツ別にちょっとかわってるだけだ、そうわかった安心感からだろうか、あたしはしばらく腹を抱えて笑っていた。







それからどれくらい時間がたったのだろうか。
彼はため息をついた後スッと立ち上がる。
とたんにあたしは彼の影にすっぽりと隠れてしまった。
首が痛くなるぐらいに上をみると彼の目があたしを見下している。




「・・・・・流川楓。」

「ん?」

「名前。君じゃねぇ。」

「ああ、流川君ね。覚えておこう。」



そういって彼はスタスタとその場から立ち去っていった。
気づけばもうすぐ授業は終わる。
時計も見ないで立ち去るなんて・・・・結構さぼってるなあいつ、
と関心しつつも携帯を開いた。






ああ、流川君か面白いね。うん。



・・・・・・・・ん?




「流川・・・・?」






メールボックスを開こうとしていたあたしの手が



ぴたりと止まった昼下がり。




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すいません。流川にとりつかれました。
阿部連載もままならないままやっちまいました。
いや、ホント今めっちゃ好きで好きで・・・
ごめんなさい・・・。


ここまで読んでくださって本当にありがとうございました!